小島屋と千利休

千利休ゆかりの地で生まれた けし餅

<南蛮貿易と けし>

堺は南蛮貿易で栄えた町として有名です。
戦国時代に堺を訪れた宣教師ガスパル・ビレラは
堺を東洋のベニスと評しました。
自由で闊達な都市であり、世界中からあらゆる商品
がこの堺に集まりました。
けしの実もこの時代にインドからもたらされたと云われます。
江戸時代初期には大阪、堺、和歌山で盛んに
けしが栽培されるようになりました。

<千利休屋敷後と小島屋>

千利休に代表されるように堺は古くから茶の湯文化が発達してきた町であります。
お茶菓子にも歴史が感じられます。今も待ちのいたるところにその面影を見ることができます。
茶人・千利休の屋敷跡から歩くこと2分の場所に小島屋はあります。
千利休屋敷跡には椿の井戸があります。

<千利休について>

千利休は1522年堺の豪商魚屋の長男として生まれました。
17歳の時北向道陳に茶の湯を学び、のちに武野紹鴎に従事します。
利休は紹鴎が「わび茶」にまで高めた茶の文化をさらに「茶道」にまで昇華させていったのです。

利休屋敷跡
堺、宿院 小島屋より徒歩1分

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